奥田章三さんのこと…

奥田章三さんを偲ぶ会にて ピアノは祖田修さん
My History (ダンスと歌の話)
奥田章三さんを偲ぶ会にて ピアノは祖田修さん
奥田章三さんを偲ぶ会にて ピアノは祖田修さん

昔、昔、その昔、MBS全国ネットで「ヤングOH! OH!」と言う番組に、私がレギュラーで出演したときのバンマス(バンドマスターの略)が奥田さんでした。彼は、時、既に著名なトランぺッターでした。「あ〜花の高校生」と言う自作の歌を、毎週今月の歌みたいな感じで多分2-3ヶ月(?!)も歌っていました。この歌、元は「或る女の一日」と言う歌で、これを、時のMBS-TVプロデューサーの林さんがお聞きになり、これの高校生版を作りなさいって言われて、なんでか90番まで歌詞を作ったのを覚えています。そこから、林さんや番組関係者さんが、あ〜でもない、こうでもないと、あっちの歌詞とこっちの歌詞をくっつけたり、剥がしたりしながら9番まで絞り込まれました。結果、私は、どれほど練習しても、ちゃんと歌えた事は1度もなかったと思うくらい、歌詞が覚えられなかった。オロオロと歌詞の出て来ない私を終始心配そうに、「大丈夫?! 」と、ホントに心配気に見守ってくれたが、バンマスの奥田さんでした。私は、どれほど、あの眼差しに助けられた事か…! この年になっても鮮明に、その時に奥田さんの顔を思い浮かべる事が出来る。

そして、時は過ぎ、私は東京音楽学院の理事長になってしまい、次々にスクールメイツのレコードをリリースする事になる。いくつめかの作品で、中川昌先生の作曲でポリドールよりリリースするに及ぶ。その後、数々のアレンジやミュージカル作品等、中川先生に度々お願いする事になりますが、その都度、中川昌御用達メンバー(演奏家)を集めるのは、いつも奥田章三さんでした。もちろん彼のトランペットは冴え渡り、時に甘くセクシーな音色でした。彼は根っからのジャズ好きで、「日本の狭い畳の部屋で、朝からお茶漬け食べながら、ジャズ聞いても、なんやおかしいやん〜!!?」と言う私に、「そんな事はない、朝からお茶漬け食べながら、ジャズもええもんや。いつ聞いてもええもんや〜!!」と反撃を食らいました。(笑)
やがて奥田さんは三和レコーディングスタジオを仕切られるに至り、まぁ、良くお世話になりました。
今、思い返せば、奥田さんは「無類の人好き」だったに違いない。ミュージシャン達は元より、スタジオの若者達のことをも、常に気にかけていた。この間の偲ぶ会で、万ちゃん以下ほぼ全員勢揃いしているのを見て、ここに奥田さんがいたら、どんなに喜ばれた事だろうと思った。

そして奥田さんは、誰よりも多くの人を私に紹介してくれた。なかなかしっくりくるピアニスト見つけてん。一回紹介するわ〜と言って紹介してくれたのが、祖田修さん。片山さん知ってるかな、僕の大先輩で、いろいろお世話になってるんやけど…と言って紹介してくれたのが、トロンボーンの宗清さん。僕がお世話になってる、このスタジオのオーナーと食事にでも行かへんか〜っと誘ってくれ、3人でてっちり食べて、クラブに行き、ペラペラと良くしゃべりました。そんな時の奥田さんは、とても楽しそうでした。
そんな奥田さんがいつもつぶやいていた事…
「なんかクリエイティブな仕事の出来る人とか、すごいプレイできる人達って言うのは、なんか着てる服がカッコイイと思わん?! 別段、普通のジャケットやったり、セーターやったりするんやけど、なんかカッコイイ。あれって何やろ〜?! な、そう思わへん?!」彼は事ある度にそう言ってた。確かに確かにと思う。奥田さんは飾らないラフなカッコ良さを求めておられたかのように思う。
それは彼が思う人生そのものについてもそうだったように思う。

なんで東京行かへんの?! と聞く私に、彼の答えは「別に行ってもええけど、でも、あいつらって結局はメッキの世界やと思うねん。オレがオレが…ってなって行くように思う。ほんならいずれメッキが剥がれる。そんなんええわ。僕は気心の知れた仲間と、じっくりと良い音楽をやって行きたい。チャラチャラしたんと違うで、ほんまにしっくりする良い音楽やで… 。」

その奥田さんが岡山で倒れたのが10年前。
人の一生ってわからないものですね。
とても残念に思います。

この度の「奥田章三さんを偲ぶ会」を開催してくれた、千野さんをはじめとする多くのスタッフの皆さんに深く感謝致します。
有り難うございました。そして、お疲れさまでした。
万ちゃん、ホントにありがとね!! 準備からその日まで、ホントに良く動いてくれて…。あ〜一段と大人になって…。奥田さんに見せてやりたかった。

ホントに音楽を愛し、人を愛した、偉大なトランぺッター奥田章三さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

奥田章三

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