そして、いつしかSHOW CASE in LA

この頃は、まだ、HipHopと言うジャンルはなかったと思います。彼女達が帰った翌年。またまた、LAにレッスンツァーに行くこと になり、それを彼女達に伝えると、そんなら、私達がSHOW CASEをプレゼントするから、レッスンだけではなく、ショーもやって帰ったら〜?! アナタ達は、日本では立派なプロなんだからって。お客さん達は、私達が集めるから〜と、とっても、うれしい申し出を受けました。早速、Yokochinにコンタクトをとり、サンセットにあった、確か、ガザーリーと言うところで、SHOW CASE を開催しました。出演者は全部で20名近くだったと思います。この時は、出演者達は、全部自分で交通費と滞在費を出して行ったと思います。そして、この SHOW CASEにかかった経費は、全て会社が負担しました。どちらかと言うと、自分たちを教えてくれた、アメリカンTeachersに、今の自分たちを見てもらおう的なノリだったと思います。そうそう、冒頭にHip Hopはなかったと思うって書いたのは、この時、このSHOW CASE と言う言葉は、日本にはなかったのです。日本では、もっぱらライブと言う言葉でした。ちなみに、アメリカでは、ショーをやる時のライブと言う言葉は、どちらかと言うとストリップや、その〜、HなSHOWを指すそうです。私は、アメリカ人から教えてもらう事になりますが、この時、そのまま日本人にショーケースをやって来ますって言うと、みんな、変な顔をしたものです。「えっ〜、…… あ〜、ライブね。」って、そんな感じでした。アメリカの先生達や、その家族やボーイフレンドや、懐かしい顔が集まり、ホントに和やかな雰囲気でした。そして、ショーケースが終わり、先生達ともお別れして、ほっとしてたところへ、Yokochin登場。「あっ、全部、片したら、片山さんだけ、別の店に行くからね。」疲れ果ててた私は、「?????」彼「いや〜、LAやね。そんな事があるんやね。実は、ボクは招待しなかったけど、この店の人が言ってたみたいで、今日、スカウトマンって言うか、プロデューサーって言うか、ベンって言う人が見ててね。おもしろいから、ラスベガス辺りにプロモーションしたいと言うて、別の店で待ってるんや〜!!」そりゃ〜、私は疲れもなんもどこへやら、それ行きまひょ。やれ行きまひょ。なんだか、映画の1シーンに出て来そうな、ディスコみたいなクラブみたいなところのBOX席で、そのBenと合って話し合ったのを覚えています。この時、既にベンは、いかに競争に勝つか、それが問題だ〜ってな事言ってました。アメリカって大変なんや〜と思いました。この時のベンは、とっても信頼の出来る人に見えましたが、それが、実はエラい話に発展します。とにかく、この日は、よろしく〜。もちろん、アメリカに来て、プロとしてSHOWをしたいと言い伝えて、夢心地でホテルに戻りました。もちろん、その夜は、興奮してなかなか眠れませんでした。

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