木下 勝功(東 聖観)先生の事

過日、一通の封書が届きました。京都の染色家「東 聖観」先生がご逝去されたとの事。突然の事に、びっくりしました。活動途中で、名前を「東 聖観」にされましたが、私が知り合った時の名前は、「木下 勝功」先生でした。私にとっては、やっぱり「勝功」先生です。先生には、とてもお世話になりました。元はと言えば、私達が初めてアメリカ公演するにあたり、連獅子をJAZZ DANCEにしたものを創りましたが、何か、ステキな衣装が欲しい。他にも、日本のナンバーがいくつかあり、何かモダンでアメリカの人達に喜んでもらえるような衣装が欲しい〜。そんな時、たまたま「五木ひろし」さんのコンサートにダンサーとして出演していました。その時に、きれいな着物をいくつも着替えて踊らせて頂きました。あの衣装が良いな〜。あの衣装が借りられないものだろうか?? 思い切って、五木プロモーションさんに電話して尋ねてみると、「あの衣装は、木下勝功先生が創られたもので、1点2000万円は下らないものだから、予算がないと受けてもらえるかどうかわからないけど〜」と云いながら、勝功先生の電話番号を教えていただきました。数日後、先生とマネージャーさんが、我がスタジオまで訪ねて来られました。「ちょうど、大阪に行く用事があるので立ち寄りますよ〜」との事。あまりの予算のなさに絶句されていましたが、ショーの内容を根気よく聞いていただき、後日、お返事します〜との事。内心、あきらめていましたが、また、数日後、マネージャーさんよりお電話をいただき、その予算で全てお受けします〜!! ヤッター!! ムチャクチャ喜びました。おまけに、ホテルのショールームのロビーに飾る三億円の打ち掛けも貸して下さいました。(この打ち掛けをいつもショーが終わるとガードマンが大切に片付けていました) 以来、一緒にオーストラリアにも行きましたし、今のスタジオが北堀江にOPENした時のOPENING PARTY にも、ご子息と共にお越しいただきました。\r\nとってもあたたかくて、いつも私を励まして下さいました。「絵」を鑑賞する趣味などなかった私に、「絵」の見方も教えくれました。それは実に的を得た教えで、以来、私は、絵画展も大好きになりました。京都の劇場でプロデューサーになり、苦労していた時も、いろんな人達を紹介して下さいました。皆さん、とてもステキな京都のクリエーターさん達です。その時に、ご紹介いただいた、和田さんのHPをみつけました。以下リンクを貼りますので、是非、web-site に行ってみて下さい。とても素敵です。金彩友禅(和田光正さんのweb-site)勝功先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。先生の教え通り、どんな時も「夢」を捨てず頑張ります!!

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